私は天使なんかじゃない







It's Show Time






  ショーが始まる。
  楽しむべきは主催者か、参加者か、それとも……。





  メガトン。
  ゴブ&ノヴァの店。夕刻。
  毎度毎度おなじみの用心棒の仕事中。
  トロイは倉庫の片付け、ベンジーはシルバーとイチャイチャ、ノヴァ姉さんはレディ・スコルピオンに接客の伝授中、ゴブはグラスを磨き、たまに来る注文に対応してる。
  俺?
  俺は壁に寄りかかって用心棒してる。
  厄介は全部終わった。
  水の買い取りをしていたジプシー村は壊滅、首謀者と思われている人物リベット評議会のパノン議員はそこで死亡。BOSは仲間割れと判断した。
  さらにほぼ同時刻に水にFEVを混入していたジャンクヤードをレギュレーターが襲撃、そこにいたテンペニータワーの元住人達が一掃された。グール差別を拗らせた結果の犯行らしい。
  パノンの共犯者なのか、はたまたリーダー格なのかは謎だがDr.アンナ・ホルトと呼ばれる人物が浮上。
  現在BOS、レギュレーターは彼女の行方を追っているようだ。
  一応ジェファーソン記念館で警備をしていた際に俺も会ったことがあるらしい。あんまり記憶にないけど。
  ともかく。
  ともかく事件はある程度の収束を見せている。
  少なくともジプシー村、ジャンクヤードは殲滅されたからな。
  問題はあるとはいえ一応は完結だろう。
  もちろんジェリコとか現在も行方を眩ませているマザー・マヤとかまだまだ問題はあるけどな。
  で、それが昨日の話。
  今日からは通常業務だ。
  もっともドラウグールの侵入で街がめちゃくちゃだからな、門はまだ直ってないし。そんな感じなので酒場は繁昌していない。死活問題だしな、門は。飲んでる場合ではないのは確かだ。
  「なんだってさ、兄貴」
  「マジかよ」
  「ぎゃはははは。笑えるよな」
  客はスプリング・ジャックたちのみ。
  スクライブ・ピグスリーはジェファーソン記念館に帰ったし借りてたベルチバードも帰還した。
  とりあえず一連の事件は俺の手から離れた。
  ……。
  ……いや。別に俺は捜査官とかじゃないけどな、気付けば全面的に関わっていたというか。
  優等生は大変だったんだなぁ。
  タフガールだぜ、まったく。
  「接客の練習。いらっしゃいませ、はい、言ってみて」
  「いらっしゃいませ(棒読み)」
  「テンションあげて」
  「いらっしゃいませ☆デュヒヒ」
  レディ・スコルピオンが接客の練習中。
  デュヒヒってなんだ。
  デュヒヒって。
  なかなか美人なんだが性格がいまいち謎だ。
  素性も謎だしな。
  まあ、いいけど。
  「それにしても兄貴、すげぇ冒険してたんだな」
  「まあな」
  聖なる光修道院の絡みを話し終えたところだ。
  今のところまだ小学校は爆発していないから神父は生きているのだろう。それとも爆弾はハッタリで逃げた後か?
  その時、来客。
  ビリーだ。
  「いらっしゃい☆デュフフ」
  だからそれやめろ。
  一瞬だがビリーが仰け反ったじゃねぇか。
  「よお久し振りだな、ビリー」
  「ああ」
  コンバットショットガンを手に取って身構えるビリー。
  はあ?
  「一緒に来てくれ。ブッチ」
  「そりゃ来てくれって態度じゃねぇだろ。まあ、銃を向けたら大概の奴は言うこと聞くだろうけどよ」
  構えようとする仲間たちを制する。
  「ビリー」
  「……」
  「分かるよな、もし撃ったらお前さんはここで死ぬぞ? 来て欲しいんだろ、まずは説明してくれよ」
  「……マギーがさらわれた」
  「はあ?」
  「こいつを見てくれ」
  紙切れを渡される。

  『拝啓ビリー様』
  『娘さんと結婚します。つきましてはスプリングベールの廃墟までお越ししてください。そこで結婚式をします』

  何だこれ?
  結婚式だと?
  娘さん、つまりはマギーだろう。マギーはまだ年齢が一桁台だぞ。
  「どういうことだ?」
  「ストレンジャーが押しかけてきた。俺は……守れなかった。叩きのめされて、さっき目を覚ました。この手紙が残されていた」
  「はあ?」
  「スプリングベールの街まで来てくれ。行かなければマギーが殺される」
  「ストレンジャー、ね。現地入りしてたのは本当だったのね」
  レディ・スコルピオンが呟いた。
  ガンスリンガーとかいう奴らもストレンジャーを名乗ってた。その同類か。俺を誘拐して殺したがってた、しかし何だってマギーをさらって、ビリーをメッセンジャーにするんだ?
  「知ってるのか、レディ・スコルピオン」
  「これでも西海岸では運び屋のようなこともしてたし。知らない者はいないよ、西海岸ではね」
  「そういうものか」
  世界は広いな。
  「ビリー、お前も何か狙われてるのか?」
  「俺は元ストレンジャーだ」
  「はあ?」
  「脱走者として俺も始末するつもりなんだろう」
  「あー、だからずっと引き籠ってたのか」
  「……そうだ」
  マジかよ。
  「俺は」
  「ん?」
  「俺は、マギーの両親を見殺しにした。ストレンジャー時代に、あの子の村を襲ったのは俺なんだ」
  一同沈黙。
  俺たちトンネルスネークは、まあ、いい。
  はっきり言って異邦人みたいなものだ。もちろんメガトンに馴染むようにしてるけど、どこかやはり異邦人だと思う。しかしゴブやシルバー、ノヴァ姉さんはそうじゃない。生粋のメガトン
  住民だ。そんな三人を前にこういうということはよほどビリーは追い詰められている。カミングアウトしてでも俺に来て欲しい、というわけだ。
  気持ちは分かる。
  「マチェットって奴がいる。俺はそいつがマギーの両親を殺すのを、ただ、見ていた。怖かったんだ。一端の悪党のつもりで加盟したが……俺には出来なかった」
  「マギーはそのことを」
  「知るわけがない」
  「だろうな」
  「ヴァンスって奴がいる、昔は本隊にいた奴だ。俺はそいつと一緒に脱走した。マギーを連れてな。その時に奴らこの目を眼帯にされた。だが、もっと早くに行動していたらマギーの両親は
  死なずに済んだはずだ。全部俺のせいだ、だから、償いがしたい。マギーを助けたい」
  「そうか」
  もっと早くに行動してたらたぶんビリーが殺されてたんだろうな、だがそれは言わなかった。
  加盟してなかったらマギーは連れ出してくれるビリーがいないわけだから死んでた。
  運命ってやつ、か。
  胸糞悪い運命なんだろうが、ビリーがいなければマギーは死んでた。
  これは事実だろう。
  「レギュレーターは知ってるのか?」
  「ソノラの分析力はデタラメだ。引き入れたってことは、知った上で引き入れてるんだろう。引き入れた真意は分からないが、ありがたいことだと思ってる。ブッチ、来てはくれないか?」
  「そいつは困るな」
  ベンジーがそう言ってアサルトライフルを構える。
  ビリーの胸元に照準を合わせて。
  「おい何してるっ!」
  「どけよボス」
  間に割って入るがベンジーは冷たい視線をビリーに向けていた。
  銃も下さない。
  「ベンジー、武器を下せ」
  「行ったら死ぬだろ、ボス」
  「そんなこと……」
  「そんなことないってか? さすがにボス、そこまでお人好しじゃないだろ。付き合うかどうかは別として、末路は分かってるはずだ。なあ?」
  誰に言うでもなく問いかける。
  レディ・スコルピオンが静かに呟いた。
  「確かにね」
  「悪いがボス、そんなことにはさせたくないんでね」
  「だが行かなければマギーが……」
  「放っとけよ、ボス。行けばその眼帯、ボス、そのマギーって子が死ぬ。確実に死ぬ。救済なんかありゃしない。全員死ぬ。だが行かなければボスは死なない」
  「ベンジーっ!」
  「はっきりさせとくぞ、ボス。ここは俺の知ってる時代じゃない、はっきり言って別の惑星にいる感じだ。本当はダラダラして死ぬつもりだった、そんな俺に意味を与えたのはあんただ。
  だから自分勝手に死なれちゃ困るんだよ。責任は取ってもらわなきゃな」
  「……ベンジー……」
  そう言れると弱い。
  確かに。
  確かにベンジーの言うことは正しい。
  杞憂じゃない。
  死ぬのは確かに確立として高い……いや、確実に死ぬかもだな。少なくとも向こうは殺す気で、逃がす気はないだろう、生かす気は当然ない。
  だが行かなければマギーは必ず死ぬ。
  それは困る。
  ワルとしての俺の信念の問題だ。
  「ビリー」
  ベンジーではなくビリーに声を掛ける。
  「な、何だ?」
  「敵の布陣はどんな感じになると思う? 古巣なんだろ、大体は分かるだろう?」
  「ローチ・キングって奴がいる。1キロ以内はラッド・ローチを張り巡らせてて近付いてもばれる。知覚を同調させる能力がある」
  「ラッド……うぇー」
  苦手だ。
  「つまり地上から行ったらばれるってことか?」
  「そうだが、何を……」
  「ベンジー、レディ・スコルピオン、スプリングベール小学校から狙撃できるか?」
  言いたいことを察したのだろう、ベンジーは苦笑した。
  「勝つつもりかよ、ボス」
  「そういうことだ」
  「あたしなら小学校に狙撃主を配置するよ。そいつらを隠密に殺しても、たぶんばれる。ストレンジャーは知ってる、西海岸にいた頃は本隊が暴れてたし。あいつらの配置に抜かりはないはずよ」

  ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  びりびりと店内が揺れる。
  レディ・スコルピオンが肩を竦めて笑った。
  「神父さんがようやく吹き飛んだようです。さて狙撃主はどうなった? ……まるごと消し飛んだでしょうね。それでボス、どうする?」
  これで狙撃される心配はなくなった?
  そこは問題じゃない。
  俺とビリーを招くってことは、わざわざ狙撃するってことじゃあるまい。狙撃はあくまで他の仲間用の処置だ。それが消えたのであればデカい。
  「トロイ」
  「はい兄貴」
  「お前は今回除外する」
  「えっ?」
  「悪いけどそういうことだ。ED-Eを貸して……」
  「そいつはやめた方がいいね。ストレンジャーの誰が来ているかは知らないけど、機械を操れる奴もいるんだ。わざわざ手駒を増やすことになるかもしれない」
  「マジか」
  その忠告に従うとしよう。
  納得できないような、納得しているような、微妙な顔をトロイはしている。
  「トロイ、今回はより精密な連携が必要となる。お前とは連携は出来るが、お前は戦いには向いてない。ここに残ってくれ」
  「わ、分かりました兄貴」
  「トロイの兄貴、後は俺たちに任せてくれよ。ブッチの兄貴、良い案があるんだ」
  「どんな?」
  「参謀格の俺に任せてくれよ。こういう案はどうだろう?」





  3時間後。
  既に空は闇に包まれている。
  聖なる光修道院の建物跡に、骨組みとなった廃屋の前にストレンジャーはいた。
  武器の携帯は別に止められていないが武器を持っていくとおそらく面倒になるからとビリーが言ったので持ってない。分かる気がする。
  「これはこれはっ! マジでこいつら2人で来やがったっ!」
  嘲笑と爆笑が俺たちを出迎える。
  ストレンジャー、数は20人ほどだ。
  小男がマギーを拘束してる。
  「マギーっ!」
  その叫びに小男が恭しく頭を下げた。
  「お義父さん、娘さんは可愛がってあげますから迷わず成仏してください。……貰えるんですよね、マチェット?」
  「ザントマン好きにしろ」
  出迎えの挨拶をしたのはマチェットというらしい、腰に抜身の剣を下げている。
  こいつがビリーの昔話に出て来た奴か。
  というか小男はロリコンかよ。
  やばいな。
  「おい、俺らは来たぞ、マギーを解放しろよ」
  「まあ待て」
  マチェットは言う。
  そして部下に……うお、部下の奴、体に2匹ラッド・ローチを這わせてやがるぜっ!ガクブル
  「ローチ・キング、周囲の状況は?」
  「待て、今感覚を同調している……あー、1キロ以内にはいないな、ビリーは俺たちの同類だからな、俺の能力も知ってるってわけだ。1キロ以上先にいる、5人、いや7人ぐらいか?」
  「なら問題ないな」
  「操れる範囲外だから殺せないぜ?」
  「別にいい。駆けつけるには距離が離れ過ぎてる。狙撃したければすればいいさ、こいつらは死ぬわけだしな。まあ、その関係上、狙撃はしないだろ」
  ちっ。
  ただの囮だと、ストレンジャーを惑わせる為だけの配置だとばれてやがるぜ。
  スプリンク・ジャックたちは囮。
  ばれるのは構わない。
  しかし、ばれるのが早いな。
  「感知だか認知は終わっただろ、マギーを離せよ」
  「馬鹿かお前ら。離すわけないだろうが」
  だろうな。
  それはとうに分かってる。
  ストレンジャー、見た感じリーダー格はマチェットってやつだ。
  ローチ・キングはゴキブリの操り手、マギーを拘束しているのはザントマン、あとは2メートル以上はある巨人とか筋肉男、その他諸々だ。
  1人女がいる。
  良い女だが、ここにいる以上、悪党でしかない。
  「お前ら殺し合え」
  だよな、やっぱり。
  だからこそ武器の携帯をやめたわけだ。そもそもビリーを殺すだけならマギーを誘拐した時点で殺せただろう、同じ家にいたわけだから。押し込み強盗が強盗殺人をしなかったのはそういうことだ。
  つまり連中は楽しむために誘拐した。マギーは俺たちを殺し合わせるための道具だ。
  殴り合いならすぐには死なない。
  少なくとも銃で撃つよりは時間稼ぎができる。
  「マチェット、俺が目的なんだろっ!」
  「図に乗るな弱虫野郎。本命はそこのブッチ・デロリアって奴だ」
  俺、ね。
  それも想定してた。
  というかそうじゃなきゃ俺を誘拐しようとはしないだろうよ。この間の続きってわけだ。
  ……。
  ……そういえばガンスリンガーとマッドガッサーって奴はいないな。
  まあ、いなくてもいいんだけどよ。
  「ボルト至上主義者って奴? そいつらからの依頼だよ、ブッチ・デロリア。弱虫ビリーはケジメをつけてもらおうかなっていう古巣からの優しささ。それが人としての礼儀だろう?」
  「マギーを離してくれっ!」
  「おいおい弱虫ビリー、随分と子煩悩になったもんだな。思い出すよな、あの時のこと。ちゃんと思い出話はしてやってるか? 自分の命惜しさにこいつの両親殺した話をよっ!」
  「ビリーに聞いたぜ、殺したのはお前だろっ!」
  「口を挟むなブッチ・デロリア。それに同じことだ。同じ場にいた、助けなかった、助けれたのにな、つまりこいつの所為だ。だろう、ビリー? だよなぁ?」
  「……」
  「さあ殺し合え。俺らと一緒に遊んでた奴が子煩悩で、名士で、伊達男ぉ? はっははは、大した喜劇だなっ!」
  「……」
  「ほら、殺し合えっ! どこいっても絶望しかねぇぞ、既定路線ってやつさ、お前らがここで死ぬのはなっ!」
  「ブッチ、殴れっ!」
  「ほぉら許可が出たぞ。殴れ殺し合……」
  「おらぁーっ!」

  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  全力パンチ。
  ビリーはその場にひっくり返った。
  容赦ない一撃にストレンジャーは一瞬呆然としたが、いきなり笑い出す。
  「おいおいおいビリー、そいつはやる気満々じゃねぇか、お前もしっかりしろよっ! さあ、殴り合え、殺し合えっ!」
  「仰せのままに」
  ゲシゲシと転がっているビリーに蹴りを入れる。
  マギーは何も言わずに目を見開いてその様を見ていた。
  倒れているビリーの首元を掴んで身を起させ、それから殴る。ビリーはガードすらしない、なすがままってやつだ。
  ……。
  ……まだか?
  援軍はまだなのかっ!
  スプリング・ジャックたちの囮を見破られたのが早々過ぎて計画が狂ってきてる。
  くそっ!
  この調子じゃあビリーを殺しちまいかねないぜっ!

  「ちょっと待て。マチェット、誰か入り込んで来てるぞ」

  ローチ・キングはにやにやと笑う。
  ばれたっ!
  「何だと? どこだ?」
  「あんたの後ろさ」
  「はあ?」
  そこにいたのはトロイだった。
  何でここにっ!
  刀を手にマチェットに襲いかかろうとするものの、足を払われてその場にひっくり返った。刀はマチェットに奪われる。
  「ほう? こいつは良い代物だ。持ってろ」
  「うっす」
  巨人に投げて渡す。
  にしてもトロイ、何だってこんな場所にっ!
  こいつは計画にねぇっ!
  「何だこいつは? おい、ローチ・キング、何だって警告しなかった」
  「しただろ」
  「お前のテリトリーに入った時点で言え」
  「それなんだが……ラッド・ローチの警戒網に入らなかったようだ、こいつ。配置に隙があったとは思えないが……」
  「まあいい。玩具の材料が増えた。こいつはどっちの連れだ?」
  「ただの旅人じゃねぇか?」
  俺はそう答える。
  ただし世の中そんなに甘くない。
  「そうか。預かり知らないのか、なら殺すか」
  「……っ!」
  「確定だなブッチ・デロリア、お前の連れか。じゃあ殺す……」
  「お待ちよぉ」
  その時、女が間に割って入る。
  マチェットは部下に目くばせすると筋肉男がトロイを押さえつけて拘束する。
  「ドラッグ・クイーン、何の真似だ? 何故止める?」
  「こういうのが欲しかったんだよ、おくれよ」
  「男として?」
  「女として☆」
  「はははっ! 聞いたか色男、いや、女? まあいい、ドラッグ・クイーンがお前を女にしてくれるってよっ!」
  女装かよあいつっ!
  トロイの顔を覗き込む。抵抗しているようだが筋肉男の拘束は外れない。
  俺が掴みかかろうとすると部下が銃を向けた。
  「お名前は?」
  「あ、兄貴を離せっ!」
  「おやおや怖い。薬でもやって気を落ち着かせる? ……こいつはとってもいいものよぉーっ!」
  自分の首筋に注射針を突き刺すドラッグ・クイーン。
  身悶えしてからトロイを見つめる。
  目がやばい。
  「今日から彼女にしてあげるからね。殺しはしないよ。飽きるまではね。精々ご奉仕するのねぇ」
  「……たす……」
  「ん?」
  「……助けてください……」
  「あっはははははははっ! いいねいいねぇーっ! そういう態度は実に大好物だよぉーっ! どうだいブッチ・デロリア、あんたの舎弟は命乞いしてるよ、あんたを見殺しにしてさぁーっ!」
  「どうか助けてくださいお願いしますお願いしますから」
  「ひっひひひっ! 逝っちまいそうだよぉーっ!」
  トロイは計画を知らない。
  だが時間稼ぎにはなってる。ここは耐えてくれ、トロイっ!
  「このままじゃ皆殺されちゃうから助けてっ!」
  醜態と捉えているのだろう、ストレンジャーたちは笑う。
  だから気付かない。
  トロイの今の言動は何だろう?
  命乞いではなさそうだ、皆殺されちゃうから、助けて?
  それはどういう意味だ?
  それは……。
  「おやぁ?」
  「……」
  突然うなだれるトロイ。
  沈黙。
  先ほどの咆哮は既にない。
  ストレンジャーの誰かが笑いながら呟く。壊れたなと。
  「おやおやおやぁ? どうしちゃったのぉー?」
  ドラッグ・クイーンがトロイの顔を覗き込む。
  拘束している筋肉男は全く動かなくなったトロイの体を離した。トロイは俯いたまま、拘束がなくなったのにも拘らず同じ態勢のままだ。
  くそっ!
  準備はまだかよっ!
  このままじゃトロイが……。

  がっ。

  トロイが突然両手を伸ばしてドラッグ・クイーンの後頭部に両手を回す。
  そして顔を近付ける。
  ドラッグ・クイーンは笑った。
  嫌な笑いだった。
  「そうね、ご褒美あげなきゃね、今日からあんたは恋人よ☆」
  「やなこった」

  ごき。

  鈍い音がする。
  何の音かは確認するまでもない、ドラッグ・クイーンの顔は真逆に向いていた。つまり真後ろに。そのまま真後ろに倒れる。
  「地面とキスしてろ」
  「この野郎……っ!」
  筋肉男は憤るもののドラッグ・クイーンが倒れる際に奪い取った注射針を、トロイは容赦なく筋肉男の目に突き刺した。
  針は眼球を貫通し脳にまで届いたのか筋肉男も倒れる。
  ……。
  ……トロイ、だよな?
  「あーあ」
  立ち上がって首をポキポキと鳴らすトロイ。

  ざわり。

  ストレンジャーはざわめき、武器を構える者もいたがリーダー格のマチェットって奴は動かない。
  その為、手下どもも攻撃に移りはしなかった。
  構えてはいるけどな。
  1人が呟く。
  「あいつ、どこかで……」
  構わずにトロイはスタスタと歩き刀を持っている奴に近付く。
  しかしトロイは意にも介さない。ストレンジャーたちに何気ない口調で言った。
  「誰か酒くれないか」
  「くれてやれ」
  マチェットがそう言うと手下がトロイに酒瓶を投げる。
  歩きながらそれを受け取り、蓋を開けて一口あおり、それから頭にかけて空瓶を捨てた。濡れた髪をかき上げる。前髪の下から出てくるのは真っ赤な瞳。
  白い髪に真っ赤な瞳ってことはアルビノってやつか。
  トロイは刀を持った巨漢の前で止まった。
  2メートル以上はありそうだ。
  「刀を返せ」
  「ほらよ」
  手を伸ばす、すると巨人は刀を頭上に掲げた。
  笑いが起きる。
  「チビスケ、早く取れよ」
  「ははは笑える」
  「ほら」
  トロイに手渡そうという仕草をしたものの、トロイが手を伸ばすとまた高く掲げる。
  「ははは笑える」
  「ほら」
  今度はトロイは手を伸ばさなかった。
  「どうしたチビスケ、いらんのか?」
  「鞘は貸しといてやる」
  「鞘?」

  ザシュ。

  ど、どういうことだっ!
  トロイの手にいきなり刀が現れた、少なくともそう見えた。速いとか遅いとかじゃない、いきなり出て来た、ど、どういう……っ!
  刀は横に一閃。
  巨人の両足を切断、巨人はまるでダルマ落としのように足を失って落ちてくる。
  「お前小さいなチビスケ」
  足を失い、身長がトロイより低くなった巨人に笑い掛けて首を落とした。鞘を取り上げて刀を元に戻す。
  これで3人目。
  ど、どういうことだ、何があったんだ、トロイにっ!
  「まさかっ!」
  「マチェットさん?」
  今まで傍観を決め込んでいたマチェットが唐突に叫んだ。
  仲間が瞬殺された、ことに対しての畏怖ではなさそうだ。だとしたら最初の時点で動揺してる。
  マチェットは続ける。
  「こ、こいつ、トロイだっ! ディバイドのトロイだっ! だ、だが……お前、死んだはずだろうっ! ボマーに、ボスに殺されたはずだっ! 生きてるわけないだろっ!」
  「核で吹き飛ばされだけだ。負けたみたいな言い方は気に食わないな」
  「生きてたにしてもここは東海岸だぞ、西海岸じゃねぇっ! なのにどうして、どうして伝説の運び屋がここにいるんだよっ!」
  「滑稽な話だ。だが、まあ、俺はさっきまでのトロイよりは優しくないぞ。ボマーや不動の3人抜きで、コードネーム持ちが基本的抜きでどこまでやれるかな。なぁ、マチェット?」
  「ぶ、ぶっ殺せっ!」
  「さあ始めようか」



  伝説の運び屋現る。